ピケティと悟り世代

弊社サイトで性格と年収の相関を調べるためにアンケートをとっています。
少しずつデータが集まりある程度の相関が解ってきました。

そんな中、最近少し話題の経済関連の書籍「21世紀の資本(トマ・ピケティ)」を読んでみました。
これは資本や格差について分析しているとのことなので弊社の年収データと併せて見てみたいなと思ったからです。

この本というかこの人は、いわゆる古典経済学といわれる分野の砂上の楼閣、机上の空論感がなく、データドリブンな思考・分析が非常に好感持てました。
また、データに対しても謙虚さを感じ(あくまで一つの時代分のデータであると)、データ分析部分に関して論じている内容も概ね賛同できるかなと感じています。
少し私が考えているものと異なっていた部分はあらゆる社会的なショック(株価の暴落や戦争など)に対する捉え方くらいでしょうか(この部分に関して私はマンデルブロ的な捉え方をしています)。
政治的な部分の提言に関しては非常にセンシティブな内容にもなるので名言しないほうが無難かなと。ピケティさんの考えの方がソフトランディングです・・・。
所感としては、一億総中流という意識がまだまだ根強い日本人も、もうそろそろ資本主義社会の本質を理解した方がいいかもしれないかなと(右だ左だの前に)。
その前段階としてある程度の社会的な「ショック」は必要なのかなぁとは感じています。

そして、現代日本のいわゆる「悟り世代」です。
格差が拡大化、固定化され、それが長期に渡るとこういったさとった世代が必然的に生まれてくるのでしょう。
過去を振り返ると日本でも一揆があったりとフラストレーションが限界を超えるとこういった格差の是正を求める動きが起こっています。
しかし、”現代日本は”非常に裕福であるため良かれ悪かれ「それなりに生きられ」てしまうんだろうなぁと思います。限界までは社会不満が溜まらない。
そうなると格差を是正するために命をかけるというインセンティブは働かないだろうなと思います。
それなりに生きられるので、当然行動は起こさない。格差もそういうもんだ仕方ないと、さとっているのですね。
実際のそういった世代の人たちと接してみると、悟っているかどうかは別に、全体的に柔和で非常に「平和」な印象です(当然例外もいるでしょう)。

翻って「それなりに生きられない国」の人たちはフラストレーションが限界を超えて最後の手段に訴えるのは歴史の必然でしょうか。

人類はまだまだ豊かになる必要があるのか、
それとも賢くなる必要があるのか、
それとも優しくなる必要があるのか、
その全てなのか。
なんて基本ヒッキーのくせに意識高いっぽいこと言ってみました。。。

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